Linotype: The Film


ライノタイプ自動鋳植機のドキュメンタリー映画「Linotype: The Film」を視聴しました。本当は映画館まで足を運びたかったのですがちょっと遠かったのでDVD版を購入。
ライノタイプ自動鋳植機(以下ライノタイプ)の誕生からおおよそ一世紀に渡る歴史を綴った大変興味深い内容になっています。

私がまず興味を引かれたのはライノタイプの機械的な構造。必要な活字母の抽出から整列、そして鉛を用いての鋳造。さらに鋳造後の活字母の回収と格納と相当複雑な作業を完全に実現しています。
このライノタイプが世に出たのが19世紀末。電気は実用化されていても電子制御なぞ夢のまた夢、というような時代です。そんな中この複雑怪奇な機構を機械部品だけで連動させるというの芸術の領域に入っているのではないかと個人的に思います。

この映画、ライノタイプの構造を見るだけでも十分に楽しめるのですが、さらに興味を引かれるのは要所に登場するライノタイプに関わってきた(あるいは現在進行形で関わっている)人達です。
父からライノタイプの扱い方を伝授された息子。アメリカ各地を巡ってライノタイプを修理し、時には修理法を伝授する凄腕メカニックやライノタイプ大学(←メチャクチャ行ってみたい)に通う妙齢のレディやリアルタイムで仕事としてライノタイプに触れてきた方々。個性溢れる老若男女(老と男に寄ってる印象はありますが)の話は聞いているだけでライノタイプを身近に感じることができます。
個人的に印象的だったのは「(ライノタイプは)使い方によっては敵にも味方にもなる」という一言。古代の遺跡から発掘されたスーパーロボットか何かかとツッコミたくなりました。

まあ、機械構造が丸出しな上に300℃以上になった鉛が蓄えられた機械が目の前にあればそう言いたくもなるのかな、とは思います。
実際、映像の中でも怖いなと思う動きをしていました。
この機械が部屋中に設置され稼働していたかと思うと……割と命懸けですね。当時ライノタイプを操っていた方々は本当にプロフェッショナルだったのだと思います。

さて、そんなライノタイプも電算写植機の登場で100年近い歴史に幕を下ろします。映画でも打ち棄てられたライノタイプがいくつも映りますが、使ったことのない機械でも野ざらしで放置された姿を見るのは忍びないです。
ただ、博物館などできちんと保管あるいは動態保存されている個体もそれなりにあるようなので、いつか旅行か何かで訪れる機会があれば、ぜひ見に行きたいですね。

全編を通して退屈しないこの映画ですが、一番印象に残ったのは最後の結び。これまで登場してきた方々が(実用品としては)役目を終えたライノタイプに対し哀悼の意を表しつつも、それを踏まえた上で自分達にできることを模索していく姿が映し出されていました。

文字好きの方、機械好きの方、そしてありとあらゆる物作りに関わる方にお勧めできる、とても素敵な映画です。

広告